大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和45年(う)1857号 判決

被告人 植木和已

〔抄 録〕

一、検察官の控訴趣意および弁護人の控訴趣意第三点について。

検察官の所論は、本件犯行の動機、態様、手段の悪質性、結果の重大性ならびに被告人の経歴、性格など、本件各犯行の情状、犯後の情況、その他いつさいの事情を考慮すれば、被告人の責任は最も厳重に追求せらるべきであり、本件は、けつして無期懲役刑をもつて処断すべき案件ではない、原判決の量刑は軽きに失して不当である、というのであり、弁護人の所論は、被告人の生育歴等を考慮すると、被告人に対する原判決の量刑は、むしろ、なお重きに過ぎる、というのである。

原判決は、原判示事実を認定したうえ、原判示第一五の罪のうち強盗強姦の罪と強盗致死(強盗殺人)の罪とは一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるとして、結局、強盗致死罪の刑のうち無期懲役刑を選択し、したがつてその余の罪の刑を科さず、被告人を無期懲役に処している。

検察官の所論が指摘しているように、強盗致死罪が、一般的に悪質きわまる重大な事犯であることは、その刑として死刑または無期懲役という峻厳な刑だけが法定されていることによつても明らかである。また、強盗強姦罪も強盗犯人がその強盗の機会に婦女を強姦するという悪質な犯罪であり、したがつて、法もまた、これに対しては無期または七年以上の懲役という重い刑をもつてのぞんでいるのである。被告人の本件各犯行とくに原判示第一五の犯行が罪質としてきわめて悪質であることは、多く言うをまたないところである。

しかし、一方、強盗が、殺意をもつて被害者を殺害した強盗殺人の場合は、特別の事情のないかぎり、死刑をもつて臨むべきである、との検察官の所論には、必ずしも全面的には賛同し難いものがある。もとより刑法二四〇条後段所定の強盗致死罪には、強盗が殺意をもつて被害者を殺害した場合と殺意はなかつたがその暴行の結果被害者を死に致した場合との両者をふくむことはいうまでもない。そして、殺意があつた場合は、殺意のなかつた場合に比し、一般的には、情が重いといい得ることは当然である。しかし、法が殺意があつた場合となかつた場合とを別異に取り扱うことなく、あえて同一の法条の中に合わせて規定しているゆえんのものは、その法定する刑種の選択を事案の具体的犯情に応じた裁判官の合理的な裁量にゆだねた趣旨である、と解されるのであつて、検察官が主張するように、殺意をもつて被害者を殺害した強盗殺人の場合は、特別の事情のないかぎり、死刑をもつて臨むべきである、という一般論を定立して事案を断ずることは、時に妥当を欠く恐れなしとはいえない、と考える。要は、あくまでも具体的事案に即して諸般の情状を充分検討し、適正妥当な量刑をもつて処断すべきものと考える。ところで被告人の原判示事実中第一ないし第一四の各所為は、いずれも窃盗の犯行であり、また、同第一五の所為は強盗強姦と強盗致死(強盗殺人)との各犯行である。とすれば、被告人に対する原判決の量刑の当否は本件各犯行にまつわる犯情その他の事情を具体的に検討したうえで、判定することが肝要となる。

検察官の所論も指摘しているように、原判示第一五の罪において、被告人が殺意を決意した以後の犯行の態様はあまりにも執拗である。被告人は、みずからが強姦したその当の被害者であるA子が、全裸のまま地上に横たわつているその上に馬乗りとなつて、両手でその頸部を扼圧し、口から出血しぐつたりとして動かなくなつた同女をなおもそのまま一〇分間くらいも締め続けていたのであつて、そのため同女の輪状軟骨に骨折が認められるほどの強い力を加えた跡が残されているという、被告人の犯行の態様は、まことに人をして目をそむけ、また、耳をおおわしめるに足るものがある。A子が、被告人から求められるままにあえて全裸となり姦淫の辱しめにもその身をまかせたのは、ひたすらに被告人の意をむかえ、それによつてなんとかして自己の助命を願わんがためであつたのである。しかし、被告人は、この被害者の哀願に一顧も与えず、同女をしいて姦淫して自己の欲望をみたし終えるや、こんどはただちにその生命を奪い去つてしまつたその犯行は、たとえ冷血非道と評せられても、けだしやむを得ないものがあると思われる。

とくに痛心に堪えないのは、もともと被告人とはなんのかかわり合いもないのに、ただたまたま盗品を運び去ろうとしている被告人のそばを通りかかつたという、ただそれだけで、被告人の自己本位の欲望の犠牲となつた被害者A子の心情についてである。被害者は、すでに両親兄姉をなくし、いわば天涯孤独の境遇にあつたにもかかわらず、けなげにも真面目な人生を送ろうとしていた一女性である。しかも、当時マルイチ株式会社事務員兼女子従業員寮の寮母として勤務し、その当夜も同社常務取締役吉田巌の傭人高山けさ子が発熱したところから深更まで同女の看病に身を捧げ、ようやく熱が下がつたのを見定め、安堵して自室に戻ろうとしたその途中、たまたま盗品を持ち去ろうとしている被告人の近くを通りかかり、同社の正門が開放されているのに不審を抱き、事情を確かめようとして正門の方へ歩を向けたのがかえつて仇となり、たちまちのうちに被告人の犠牲となつてしまつたのであつて、もとより同女の側には責めらるべきなんの落度もない。しかも、その後においても、被告人に対してなんの抵抗もなし得ずただひたすらに助命のみを求め、被告人の強制するがままに全裸となり、その辱しめをも忍んであえてその身をまかせていたにもかかわらず、その犠牲も空しく、ついに前途ある身の貴重な一命をすら奪われるにいたつた同女の無念痛憤の情を思うとき、まことに同情の念に堪え難いものがあるのである。

また、もとより、かかる犯行が、社会に与える不安影響の甚大であることは、その犯行の罪質態様自体からみても容易に推察することができる。とくに被害者の身辺にいたマルイチ株式会社の女子従業員らの不安動揺がいかに顕著であつたかは、原審において取調べられた同社人事部長橘川泰文の検察官に対する供述調書によつても充分これを窺い知ることができるのであるが、さらに当審において検察官から提出された高山けさ子の検察官に対する供述調書や吉田巌の検察官に対する供述調書によつてその間の消息はいつそう明らかにされ、当夜被害者の看病を受けていた高山けさ子は、本件による精神的衝撃にたえられずしてついに会社から身を引いたほどであつて、右の諸点も、またもとより量刑上これを無視すべきものではない。

しかも、他方被告人は、八才のころから窃盗などの非行がみられ、その後も相次ぐ窃盗非行のため教護院福島学園に収容され、その後教護院を逃走再収容をくり返し、同園を退院するも、すぐ学校に侵入して窃盗を働らき建物に放火して焼燬するという非行をみせ、強制措置により教護院武蔵野学園に収容され、同学園退院後も窃盗を重ね、昭和三九年一月保護観察処分を受け、その後も非行おさまらず、さらに女性用衣類を盗む癖が出て、昭和四〇年二月中等少年院送致の処分を受け浪速少年院に収容され、同四一年七月同院を仮退院して保護観察を受けるに至つたが、暫らくにして住込稼働先を無断でとび出し、所在をくらまし、保護観察を離脱し、結局原判示第一ないし第一四の窃盗を犯し、ついに原判示第一五の犯行にまでいたつているのである。とくに女性用衣類に対する執着はきわめて異常である。原判示事実の中にも女性用衣類盗六件を数えている。しかも原判示第一五の犯行の際にも被害者A子の着用していた服・スカート・スリツプ・ブラジヤー・パンテイーなどを自分の部屋に持ちかえり畳の上に散らかしたままにしていたのである。総じて、これらの経緯は、被告人の異常な性格を示すものであるとともに、犯罪への深い傾斜を暗示しているものといわざるを得ない。

かかる諸点より本件を考察する時、原審が選んだ無期懲役の刑は軽きに過ぎるとの非難こそなしとしないとは考えられるが、弁護人の所論を参酌しても到底これを重きに過ぎるとする余地はなく、弁護人の論旨は理由がない。

むしろ、被告人に対して死刑をもつてのぞむべしとする検察官の立論に多く耳を傾けさせられるものがあり、前記本件犯行の罪質態様等よりみれば、本件は被告人に極刑をもつてのぞんでも必らずしも不当な案件とはし難いように思われないこともない。

しかし、死刑は受刑者の生命を剥奪し、その社会的存在を永久的に抹殺する至高至極の刑罰である。もとよりこれが適用は特に慎重でなければならない(改正刑法準備草案四七条三項参照。)。被告人に死刑を適用せざるを得ないか否か、いま一度検討することとしよう。

もとより、被告人の原判示第一五の犯行は、兇悪無類であること前記のとおりである。しかし、被告人は、当初よりここまで計画して遂行したものではない。弁護人の控訴趣意第一点および被告人の控訴趣意中同旨の主張に対し論述したように、被告人は、当初盗みにマルイチ株式会社に侵入したのである。しかるに盗品を同社正門付近路上に駐車しておいた軽四輪貨物自動車に積み込み門扉を閉じようとした際、A子に不審を抱かれ、いわばせつぱつまつてその後のことに深い思慮をめぐらすいとまもなく、自己の犯行の発覚をおそれるのあまり、いきなり同女にとびかかつて同女を自動車内に押しこんでいそぎその場から離脱してはみたもののその後の処置に窮したあげく、同女を殺そうか殺すまいかと種々思案をかさねた末、ついにA子を殺害することを決意し、しかもその現場においては自己の欲情のおもむくままに同女をしいて姦淫したうえ、さらに殺害するにいたつたのである。被告人は、当初より冷静にかかる強盗殺人、強盗強姦というような兇悪事犯までを計画し遂行したものではない。しかも、殺害を決意するまでには人間らしい苦悩の跡も窺われるのである。自己がまさに生命を奪おうとするその被害者をまず強姦するなどということはその心情においてまことに憎むべきものがある。しかし、これもそれまで性的に抑圧され異常な性格をもつ年若い被告人が、たまたま身近かに女性と接する環境におかれた機会に触発された偶発的な犯行とみうる余地もあり、当初から計画的に遂行された場合とは若干異る評価を与えてしかるべきものと思われる。犯行そのものの罪質、態様において兇悪であつたにしても、ことここにいたるまでの叙上の経緯については、これを被告人のため有利にしん酌する余地がないとはいえない。

なお、被告人の非行歴、犯行歴を検討し、被告人が犯罪への深い傾向を有していることをさきにも指摘した。しかし、被告人の非行歴、犯行歴は、原判示第一五の事実を除けばいずれも窃盗の事犯である。被告人が窃盗の犯行をかさねる危険性がきわめて大きいことは否定し得べくもない。原判示第一五の事実の犯行の発端も、すでに見たとおり、通常の窃盗事犯であつた。そして、それが強盗に発展し、さらには強盗強姦あるいは強盗殺人というような重大事犯にまで進展していつたのは、全く偶発的な事情によるものであつて、その間に必然的な結びつきがあるとも考えられない。ただ問題は、昭和三六年ごろ中学校の購買部に侵入し窃盗したうえ校舎に放火した事実と、昭和四四年七月二五日の深夜忍びこんだ事務所に老婆と子供が寝ていて、盗みができなかつたことに腹を立てプロパンガスボンベのホースを切つて屋内にガスを放出させるという危険な行為を行なつているということである。しかし、前者は、早期からの施設生活のため情操面の発育がおくれ、自己がすべての者から見捨てられていると考える被告人の抑うつ性が、自殺念慮へと発展していつた精神状態のもとに行なわれたものと認められ、しかも、これは、本件犯行より相当以前の行為でもあり、その後同種の事犯は見られないし、また、後者は、盗みに入つたのに人がいて目的をとげられなかつた腹いせにガスを事務所に充満すればくさいから、老婆らがそれをかげばさわぎ出して面白いという単純な気持からやつたもので、家人のいる部屋の入口はしめておいたから格別危害を及ぼす恐れもあるまいとの安易な考えからやつたもので、ガスの充満による爆発の危険などということまで念頭においていたものとは認められないから、いずれにしても被告人の危険な性格の表われであることはまちがいないとしても、それがただちに原判示第一五のような重大犯へと短絡する必然性の存在を推量するのは、いささか早計に失するものと考える。

また、被告人に性格の偏倚があることもすでに指摘したとおりである。検察官は、所論において、被告人の性格について、「常習的盗癖に加えて性的異常性危険性残忍性があり、高度の反倫理性に貫かれ、更に本件にみるごとく盗犯変じて強盗となり、さらには強姦、殺人に発展する易激的爆発的狂暴性と背徳性無情性をあわせもち、被告人の反社会性はきわめて強い非難に値する。」と強く主張する。また、少年鑑別所の鑑別結果通知書では「一応分裂病質に入れられるが単純な型ではない。」としている。被告人の性格の偏倚が原判示第一五のような兇悪な犯行を犯すにいたらしめた一因であることは否定できない。そしてまた、検察官が所論において、「犯行後被告人は平然たる態度をとつている」として非難しているように、被告人が犯後被害者の着衣を自室に持ち帰つたり、さらに、帰室後間もなく勤め先におもむき社長辰己幸三郎と共に浜松市を出発して清水市に向う車中で眠りこんでしまつた、というようなことも、やはりこの被告人の性格の偏倚のしからしめるところであろうと思われるのである。しかし、この性格の偏倚は、一朝にして生じたものではない。被告人の生育環境は、けつして恵まれたものではなかつた。被告人の小学校入学前後から母親が病気で寝たり起きたりの状態となり、父親は他の女性とともに家を出てしまい、ついで母親は死亡し、被告人は、父とその後妻およびその子らとともに暮らすようになつた。しかし、その後父も死亡し、被告人は、兄らのもとに引きとられたが、いずれも経済的にも不如意な家庭であつて、被告人の補導には欠けるところが多かつた。かかる環境的因子は、もとより被告人の精神の健康な発育を妨げる負因子たらざるを得ない。かくして被告人は、早期からすでに非行へと走り、ついに収容、出所、非行また収容というくり返しをつづけるうちに、被告人の情操面の発育はおくれ、被告人の心中に不遇感、孤立感の根を植えつけ、漸次被告人の反社会性を強めるとともに、その性格の偏倚を形成していつたものと認められる。もとより被告人が、このように収容生活をくり返さざるを得なかつたのは被告人の非行によるものであるから、その点からいえば、当然被告人自身に責任があるといえるわけである。また、被告人は犯時すでに二〇才を過ぎていた。したがつてその意味では少年法的考慮を被告人にまで及ぼすわけにはいかない。しかし、それはそれとして、恵まれない環境のもとに発生した幼時における非行歴の萠芽が家庭の保護能力の不足と相まつて、閉鎖的な悪じゆんかんをつづけていつたそのあげくなお二二才に満たない若年の被告人を性格の偏倚者たらしめ、ついに本件のような思わざる大罪へと走らしめるにいたつたその間の消息は、やはり被告人の処遇を考えるにあたつては、それなりに考慮しなければならないものである、と考える。

検察官は被告人には改悛の情が認められないという。被告人の取調べにあたつた警察官宮谷充一は原審公判廷において証人として、「(植木は)申し訳けないとは言いましたが、涙は流しませんでした。」と供述している。直接被告人の身近かにあつてその取調べに当つた当の警察官の認識は、それ自体としてもとより尊重されなければならない。しかし、被告人に対する少年調査記録によると、被告人は、分裂病質であることを窺い知ることができる。そうだとすると、この特異な性質が被告人の表情を乏しいものにしたのではないかと考える余地もないわけではない。当審における被告人の供述に徴しても、被告人に改悛の情がないとまで断定し去るのは、いささか酷に失するものといわざるを得ない。

さて、本件事犯とくに原判示第一五の事犯は、まことに重大である。これが社会一般へ与えた不安ないし精神的衝撃ももとより無視し去ることはできない。また被害者A子の立場に立つて考えるならば、被告人の犯行は、到底許し得べきものでないことはいうまでもない。しかし、それにもかかわらず、前記のような諸般の事情を彼此考量するとき、このさい被告人をどうしても極刑をもつて処断しなければならないものであるか、あるいは、なお、被告人の生命だけは被告人自身の身に残して、獄中にあつて反省悔悟の生活を送らせ、被害者の冥福を祈りながらしよく罪の実を尽くさせる余地もあるのではなかろうか、いずれをとるべきかの重大な岐路に直面せざるを得ないのである。

原裁判所は、被告人を無期懲役に処した。ただ、その判断の過程が判文上明らかにされていないのは、本件事案の性質からみてはなはだ遺憾である、というのほかはない。しかし、もとより事案の重大性に鑑み原判裁所においても叙上指摘の諸点等について充分慎重な合議を尽くしたうえで、最後の断を下したものと察せられる。

当裁判所も慎重に検討を加えた。そして前記諸般の事情に鑑み、検察官の所論にも、もとより傾聴すべき点は多いけれども、事後審たる当裁判所としては、原判示第一五の強盗殺人の所為の犯情はもとより、その余の所為についてのいつさいの犯情ないしすべての情状を総合考慮しても、なお本件についてあえて原判決を破棄し、被告人を極刑に処するのほかなし、とまで断じ去ることはできない。このことは、原判決当時明らかにされていた訴訟資料によつてのみでなく、検察官の求めによつて行なつた当審における事実取調べの結果を参酌してもなお同様である。

当裁判所は、本件についての原裁判所の判断を尊重し、被告人を無期懲役に処した原判決を維持する余地がなお存在するものと考える。

(樋口 目黒 伊東)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!